パワエレ学生の備忘録

電気電子,パワエレ(特にスイッチング電源やモータ),制御工学や趣味に関すること,を赴くままに綴る,便所の落書きのようなところ/保有資格:第三種電気主任技術者,第一種電気工事士

【離散化・量子化】スイッチング電源をディジタル制御する際に気をつけること

 DC-DCコンバータは,主にオペアンプ回路で構成するアナログ制御に加えて,近年ではディジタル制御が注目されている.

 ディジタル制御はA/D変換により信号をサンプルホールドし,補償器はディジタルフィルタとして実現,PWM生成はディジタルPWM(DPWM)に置き換えられる.これらは一般的なマイコンであれば全て搭載されている機能であり,安価で制御パラメータの調整も容易で,開発環境も無料のものが多くなってきたのでアマチュアにも扱いやすい.

 ただディジタル制御が万能かと言われればそうではなく,離散化と量子化といった特有の現象がある.

 離散化は教科書でも取り上げられるが,量子化は無視するものとして考えられることが多い.

 今回は備忘録として,ディジタル制御における離散化,量子化の影響について考える.

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スイッチング電源におけるディジタル制御の構成図(電圧モード制御の場合)

A/D変換器・DPWM

 A/D変換器は下図のような構成となっており,入力信号\(v_{\rm s}(t)\)が離散化および量子化される.

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A/D変換器の構成

 下図に示す信号\(v_{\rm s}(t)\)をA/Dコンバータ内のサンプル・ホールド回路に入力すると,その出力\(v_{\rm s}[k]\)は次のように表現する.

$$ v_{\rm s}[k] = v_{\rm s}(t) \cdot \delta (t - kT_{\rm s}) $$

ただし,\(\delta\)はDiracデルタ関数,\(T_{\rm s}\)はA/D変換器のサンプリング周期である.

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信号の離散化

 また,A/D変換器を通して\(v_{\rm s}[k]\)は量子化され,その量子化された信号\(v_{\rm s}^{\diamond\prime}\)は,A/D変換器の最小変動値を\(q_{\rm A/D}\)とすると,

$$ v_{\rm s}^{\diamond\prime} = \left\lfloor \frac{v_{\rm s}}{q_{\rm A/D}} \right\rfloor \cdot q_{\rm A/D}  $$

 で与えられる.ここで,\( \lfloor \ \rfloor \)は床関数である.ただし,A/D変換器は読み取ることができる最大値,フルスケール値がある.そこで,このフルスケール値を\(V_{\rm s}\)とし,これを考慮したA/D変換器の出力信号を\(v_{\rm s}^{\diamond}\)とすると,

$$ v_{\rm s}^{\diamond} = {\rm min}(v_{\rm s}^{\diamond\prime}, V_{\rm fs})$$

 なお,床関数は,下図のように,量子化信号が取りうる値と値の間にある入力を切り捨てる.切り上げの場合は天井関数と呼ばれる関数を用いるが,A/D変換器で最も広く使われる逐次比較型である場合は専ら切り捨て方式である.A/D変換器の詳細な原理まではここでは触れない.

 結局,下図の黒線がA/D変換器に入力される信号とすると,出力される信号は赤線のようになる.

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信号の量子化

 

 

 また,DPWMによる補償器出力の量子化は,演算値を四捨五入することにより得られる.

 

 以降,A/D変換器およびDPWMによる量子化を表す関数を,\( {\rm Q_{A/D}}[ \cdot ]\),\( {\rm Q_{\rm DPWM}}[ \cdot ] \),補償器出力を\( D[k] \)とし,

$$ v_{\rm s}^{\diamond}[k] =  {\rm Q_{A/D}} \left[v_{\rm s}[k] \right] $$

$$ D^{\diamond}[k] = {\rm Q_{DPWM}} \left[ D[k] \right] $$

とする.

量子化が及ぼす影響

A/D変換の分解能

  まず,A/D変換器単体の量子化による影響を考える.ディジタル制御では,出力電圧の目標値\( V_{\rm ref}\)に対して,定常状態における出力電圧を\( \varepsilon \)の誤差以内であれば誤差ゼロ,すなわち,補償器への入力をゼロとする.

 仕様で与えられた誤差以内に必ず収束させようとすると,下図左のように,A/D変換器が取りうる値はこの誤差の範囲内に収まっていなければならない.したがって,次式を満たす必要がある.

$$ V_{\rm ref} \times \varepsilon > q_{\rm A/D} $$ 

 

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A/D変換器の分解能(左:満足,右:不満足)

A/D変換の分解能\( n_{\rm A/D} \)と\( q_{\rm A/D} \)との間には,

$$ q_{\rm A/D} = \dfrac{V_{\rm FS}}{2^{n_{\rm A/D}}} $$ 

が成り立つ.したがって,上記の条件につき,A/D変換の分解能は,

$$ n_{\rm A/D} > \log_2 \left( \dfrac{V_{\rm FS}}{V_{\rm ref}} \right) - \log_2\left( \varepsilon \right) $$

を満たす必要がある.

 

DPWMの分解能

  DPWMの分解能に関する条件は先に述べた考え方と同様である.

 DPWMの出力変動は当然,出力電圧を変動させ,A/D変換器の出力にも影響を及ぼす.DPWMの出力が安定するには補償器出力が安定する必要があり,それにはA/D変換器の出力が指令値と一致している必要がある.

 DPWMの出力変動により取りうる出力電圧の値は,下図左に示すように,補償器入力が零になる領域に少なくとも1つは存在していなければならない.

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DPWMの分解能(左:満足,右:不満足)

すなわち,

$$  q_{\rm DPWM} > q_{\rm A/D}$$

でなければならない.

  

参考文献